2025年2月 この範囲を時系列順で読む この範囲をファイルに出力する
とりあえず少しは心身が復帰した気持ちがあるので、なんとかかんとか遅れを取り戻していかねばなあ……!!
やりたかったことがミリもできてないのだけれど、ここで無理すると死ぬので無理はしない! 無理はしないんだ!!
とりあえず楽しみの予定がいくつか増えたので、そこまでのんびりやってゆくことにする。楽しみだな~。
やりたかったことがミリもできてないのだけれど、ここで無理すると死ぬので無理はしない! 無理はしないんだ!!
とりあえず楽しみの予定がいくつか増えたので、そこまでのんびりやってゆくことにする。楽しみだな~。
わあああああ2年間くらいずっと(断続的ではある)チャレンジしてた抽選に当たった!?
当たらないものかと思ってたので心底びっくりした。
楽しみ~~~~!
今日もパワー不足で死んでたけど、このお知らせでちょっと気分は上向きになれてよかったなあ……。
今年の運を使い果たしたとも言うが!!!!
当たらないものかと思ってたので心底びっくりした。
楽しみ~~~~!
今日もパワー不足で死んでたけど、このお知らせでちょっと気分は上向きになれてよかったなあ……。
今年の運を使い果たしたとも言うが!!!!
とりあえず慧眼の狩人を回す用事を作ったので、のんびりシナリオ読み進めよう~!
やるとしても秋~冬にかけてなので無理なくふわふわとね!
あざらし油断するとすぐあざらし味にしちゃうけど、このシナリオは素の味をなるべく生かしたいとやってみたあざらしが思うので、いい感じに回せるといいなあ。
やるとしても秋~冬にかけてなので無理なくふわふわとね!
あざらし油断するとすぐあざらし味にしちゃうけど、このシナリオは素の味をなるべく生かしたいとやってみたあざらしが思うので、いい感じに回せるといいなあ。
体調is死で一回休み。あーん
はーーーー楽しかったな、CoC『慧眼の狩人』……。
いや~めちゃくちゃお話づくりとしても上手くて感嘆する。見せ方がうまい。
(それとは別にあざらしが盛り上がったのが変なポイントすぎてKPに「何故そこで???」って言われてたけど……w)
1on1なので遠慮なくNPCを愛せるのもいいな、あざらしかなりPC偏重型なのでほかにPCがいると結構NPCを横に置くとこあるからね。
このシナリオにおいてはNPCに感情移入はいらなくても思考の理解は必要になるので、そういう意味でもNPCに専念できるのは助かる! わーい!
何故か鏑木の手酌設定といい噛み合い方をして面白くなってたけど。やはり手酌設定って(シナリオ進行の妨げにならん範囲で)積んでくと楽しいよな!!
そしてこれは自分でも回したい!
難しいのはもうめちゃくちゃわかってるけど……回したい!!
いや~めちゃくちゃお話づくりとしても上手くて感嘆する。見せ方がうまい。
(それとは別にあざらしが盛り上がったのが変なポイントすぎてKPに「何故そこで???」って言われてたけど……w)
1on1なので遠慮なくNPCを愛せるのもいいな、あざらしかなりPC偏重型なのでほかにPCがいると結構NPCを横に置くとこあるからね。
このシナリオにおいてはNPCに感情移入はいらなくても思考の理解は必要になるので、そういう意味でもNPCに専念できるのは助かる! わーい!
何故か鏑木の手酌設定といい噛み合い方をして面白くなってたけど。やはり手酌設定って(シナリオ進行の妨げにならん範囲で)積んでくと楽しいよな!!
そしてこれは自分でも回したい!
難しいのはもうめちゃくちゃわかってるけど……回したい!!
最近、よく「うまくやれないから触りづらいな」と思ってたことが、時間経過によって技術の進歩で以前より遥かに気軽に可能になるということがあり(例えば少部数の印刷であったり、例えばデジタルでのおえかきであったり)、それらの変化も全部含めて「いつ始めたって遅くはない」を感じてありがたいことだなあと思う。
もちろん、「もう少し遅く生まれたらよかった」みたいな考え方も、「自分がほんとにやりたかったことは既に過ぎ去ってしまった」みたいな考え方もできはする気もするけど、でも自分の感覚からすると時間が解決してくれることもあるなあ、今からなら楽しく触れるものがあるなあ、という喜びの方が大きく、なんか根っから妙にポジティブなんだなあということを思う。
比較的、今にしか生きてないというのはよくわかる。
過去を振り返るの苦手だし未来を考えるのも苦手なのでそこはまあ良し悪しなんだけど、ただ、今を積み重ねた結果として何らかを継続してるという実感だけはしっかりある。例えば「小説を書いて形にしてきた」ということ自体とか。
続けられてきたことがある、という事実が新しいことにチャレンジしてみる原動力にもなってるかなあ、というのはあるかも。
もちろん、「もう少し遅く生まれたらよかった」みたいな考え方も、「自分がほんとにやりたかったことは既に過ぎ去ってしまった」みたいな考え方もできはする気もするけど、でも自分の感覚からすると時間が解決してくれることもあるなあ、今からなら楽しく触れるものがあるなあ、という喜びの方が大きく、なんか根っから妙にポジティブなんだなあということを思う。
比較的、今にしか生きてないというのはよくわかる。
過去を振り返るの苦手だし未来を考えるのも苦手なのでそこはまあ良し悪しなんだけど、ただ、今を積み重ねた結果として何らかを継続してるという実感だけはしっかりある。例えば「小説を書いて形にしてきた」ということ自体とか。
続けられてきたことがある、という事実が新しいことにチャレンジしてみる原動力にもなってるかなあ、というのはあるかも。
ロールが消えものって感覚はわかる気がするなあ~。ということを思うなどしていた。
これはあくまであざらしの感覚で他者と共有できるものではない、としたうえで……。
あざらしにとってはロールってあんまり「創作」のカテゴリではなくて完全に「コミュニケーション」と「人と遊ぶ」のカテゴリで、付随して各種のものづくりがついてくるけどそれも他者とのコミュニケーションの一環であり、その場限りの遊びを盛り上げるもの、みたいな。
(特にあざらしは結構創作においても「一次創作」であることを重視する世界にいたからか、ここの線引きはかなり明確かも)
コミュニケーションに対してMPを使うたちであるあざらしは時々ロールから離れて創作に没頭しないと段々据わりが悪くなってくる、みたいなことをよく思うな~。
もちろんその結果手元に残るものもあるけど、本質的には人が集い遊んだという経験に基づく、その場限りの消えものとしての楽しみよね、ロールあそび……。
当然それが悪いって話ではなく、その時間もまたあざらしの人生にはめちゃくちゃ必要だがそれだけでは生きていけない、というおはなし!
これはあくまであざらしの感覚で他者と共有できるものではない、としたうえで……。
あざらしにとってはロールってあんまり「創作」のカテゴリではなくて完全に「コミュニケーション」と「人と遊ぶ」のカテゴリで、付随して各種のものづくりがついてくるけどそれも他者とのコミュニケーションの一環であり、その場限りの遊びを盛り上げるもの、みたいな。
(特にあざらしは結構創作においても「一次創作」であることを重視する世界にいたからか、ここの線引きはかなり明確かも)
コミュニケーションに対してMPを使うたちであるあざらしは時々ロールから離れて創作に没頭しないと段々据わりが悪くなってくる、みたいなことをよく思うな~。
もちろんその結果手元に残るものもあるけど、本質的には人が集い遊んだという経験に基づく、その場限りの消えものとしての楽しみよね、ロールあそび……。
当然それが悪いって話ではなく、その時間もまたあざらしの人生にはめちゃくちゃ必要だがそれだけでは生きていけない、というおはなし!


(青波零也の話の一覧はここ)
いつまで続くかわかったものではないので、あくまでアプリ上でただただ書くだけだけど。
いろんな文章が流れてくる中で、少しひんやりとした、でも決して冷たくはなりきらない手触りの、不思議でありながら自分たちの世界に隣接してるようなお話の書き手さんを見つけて、こっそり応援したりしている。
この人のお話が楽しみだな、と思える書き手を見つけられたの、ハッピーかもしれないなあ~。
あと、やっぱりあざらしは直接的な表現より、なんか事象から感情を推測させるような書き方の方が好きなのかもなあと理解しつつある。
小説はもちろんなのだけど、特にエッセイはある程度「自分の話」であるからこそ、いい感じにオブラートに包むことが必要というか、そのまま自分の周辺とそれに伴う感情の推移を描いてもちょっと刺激が強くなりやすいのかもしれないな、と思う。いい勉強になるなあ……。
でもなんかちょこちょこ日記やエッセイを眺めてると、エッセイ的なものもたまに書いてみたくなるな~!
ここに書いてるのは人に見せても問題はないが人に見せることをそこまで意識はしてない文章なので(絵日記も同様)、もうちょい人に見せることに軸を置く感じの……?